2017-04

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ビビる大木

ビビる大木


ビビる大木(ビビる おおき、本名:大木 淳(おおきじゅん))はワタナベエンターテインメント所属のピン芸人。元ビビるのボケで2002年春に解散後にピンとなる。


ビビる大木は、コンビ時代にはコントを主にやっており、そのコントもコンビとして確立していたわけではなく大木のキャラでもっていた感がありました。ピンとしては、もともとの知名度もありコンビ時代のキャラをそのまま使うこともできたので割とすんなりピンとしてのスタートをきることができ、コンビ時代以上の活躍を見せています。
役回り的には「いじられ芸人」な位置にいますが、気の利いたコメントを返すこともでき、コンビ時代に貼られた面白くないというレッテルも逆に追い風になっています。


ビビるは、相方の大内が突然芸能界からの引退を表明し解散してしまいますが、コンビ仲が悪かったわけでないようです。ビビる解散の日のラジオでは、「俺は今までずっと大木淳におんぶにだっこだったんじゃないか」と大泣きしながら大内が言えば、大木は涙を堪えるように「そんな事無いよ、俺だってお前に支えられてきたんだ」と返したり、ひたすらお互いに感謝の言葉を繰り返してました。


現在元相方の大内は、ホリプロの社員でこずえ鈴のマネージャー、アシスタントプロデューサーをしています。大木とは打ち合わせなどで会うことがあり気まずいながらも話したりしているそうです。


意外な接点としてSMAPの草剛とは小学校時代の同級生で、同じ野球チームに所属していましたが、草には「あんまり覚えてない」と言われています(実際の所は大木のことを覚えているのですが、「知らない」と言ったほうが大木的においしいだろうということからわざと強弁しているらしい)。その野球チームでは草が捕手を守り、大木は一塁手でした。


大木は、ピンとなっても「ビビる大木」としてビビるの名前を使っていますが、これは「ビビるは『バンド制』だから、相方が抜けても自分はビビる。新メンバーが来る可能性もある」ということで使っているそうです。
ちなみにビビるという名前の由来は「芸能界がビビるようなコンビに」という意味をこめたもので、名詞のコンビ名が多かったのであえて動詞にしました。

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ビッキーズ

ビッキーズ


ビッキーズは、木部 信彦(きべ のぶひこ)、須知 裕雅(すち ひろまさ)からなるコンビ。大阪吉本興業所属で1996年に結成。


ビッキーズは、「ビキビキ」「ビッキーズ」と書かれたはっぴを着たハキハキとした声で勢いのある須知と、はっぴを着ていないほんわかーとしたテンポでツッコミを入れる木部という感じで漫才を進めていきます。漫才自体はぼやき漫才に属する漫才をし、基本的には勢いに乗ることができれば力を発揮することができるコンビです。


また、ビッキーズは漫才を始める前に須知が観客に向かって「飴ちゃん」をばらまくパフォーマンスを行います。これはもともと下積み時代の前説の名残だそうです。baseよしもと時代には、ローソンとの「baseよしもと商品開発研究所」という企画でオリジナルの飴を作っていました。
飴ちゃんを配った後には、両手の人差し指を上下さして、「ビキビキ、ビッキーズ」とツカミをして漫才に入ります。


もともとコンビを組む前は、二人とも自動車整理工をしていて(木部は日野自動車で須知は三菱自動車)、脱サラをしてお笑いの道を志しました。そのため年下の先輩が結構います(陣内智則やケンコバ等)。
ビッキーズの由来はテレビドラマ「がんばれ!レッドビッキーズ」から。


ちなみに木部は既婚。「どんな家庭を築きたいですか?」との問いに、「明るい家庭を作りたいです。」とまともに返答し、他の芸人達を面食らわしたそうです。

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130R

130R

130Rは、板尾創路(いたお いつじ)、ほんこん(本名:蔵野孝洋(くらの たかひろ))からなるコンビ。1986年にコンビ結成。吉本興業所属。

もともと、130Rを結成する前は「ホンコン・マカオ」というコンビで板尾がホンコンと名乗っていました。解散後に同期の蔵野孝洋に”ホンコン”の名を譲り、蔵野が2代目「ホンコン・マカオ」として活動し、2代目「ホンコン・マカオ」の解散後に130Rを結成したというなんともややこしい歴史を経て現在に至ってます。

130Rは、実力的には申し分のないコンビですが現在コンビとして登場することはほとんどなくピンで活躍することが多くなりました。

ボケの板尾は、「シュールの帝王」としてダウンタウンの番組を中心に独特の発想力とシュールな芸風を爆発させていました。板尾の笑いというのは松本に最も近いものであると言われており、島田紳助もその才能を高く評価しているそうです。
また、かなりの風俗好きとして知られ、ダウンタウン松本がたまたま新聞の片隅で見つけた穴場的な風俗店にいくと、必ず先に板尾がきていたという話や、風俗嬢に行為の後、おしっこを売って欲しいと交渉を持ちかけたという話もあります。
ちなみに、両親には何故か「一郎君」と呼ばれているそうです。


対するホンコンは自分の顔で落とせる数少ない芸人の一人。しかし、トークな苦手なようで言葉の笑いを自分で作り出すことができません。しかし、他の芸人がいたときにはその顔と傍若無人ぶりで笑いを振りまくことできるかなり人任せな芸人です。
「マンスリーよしもと」で、2000年から2002年まで「ブサイク芸人」投票の3年連続1位に輝き、殿堂入りを果たしました。ただ、肌は色白で体毛もほとんどなくスベスベらしいです。
どうでもいいことですが、番組の企画で香港が中国返還された時に祝いのために駆けつけました。





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ヒロシ

ヒロシ


本名は斉藤 健一(さいとうけんいち)。熊本出身のピン芸人です(生まれは福岡県大牟田市)。


自虐ネタの代名詞と言えばやはりヒロシですね。ポケットに手を突っ込み、うつむきかげんで、「ヒロシです」と名乗ってから熊本弁で愚痴をボソッと言って笑いをとるネタが特徴。今や他の芸人からも物真似をされる超人気者です。


<ネタの特徴>
ヒロシの一言ネタには大きく2つにわけて、ヒロシの実体験を基にしているようなネタ(例:タイタニックはお母さんと観にいきました。。)と、一般的に誰もが経験してるようなあるあるネタ(例:美容室でのトークがはずみません。。)があります。
前者の「客に笑われている」状態を控えめに後者の「客に笑わせている」状態をテンション高くしゃべることでメリハリをつけ笑いを大きくしています。


<略歴>
もともとヒロシは福岡吉本に所属(「ベイビーズ」というコンビを組んでいて、その頃はキレ芸だったらしいです)してましたが、その後上京し、ナベプロに所属していました。しかし全く売れずに、コンビ解散後、東京都三鷹市で3年間ホスト(源氏名は「冴神 剣」)をしてましたが、ホストとしても全く売れずに収入に苦しんでいたらしいです。今のヒロシがあるのもこんな経験があったからですね。

「ヒロシ」という芸名は元アナウンサーの生島ヒロシに由来しているそうです。

ちなみにネタの時に流れているバックミュージックは、「ガラスの部屋(Che Vuole Questa Musica Stasera)」(唄:ペッピーノ・ガリアルディ)という曲です。

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