2006-03

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シャカ

シャカ


シャカは、大熊啓誉(おおくまひろたか)、植松俊介(うえまつしゅんすけ)からなるコンビ。1997年コンビ結成。ワタナベエンターテインメント所属。


シャカは主にコントをやっています。そのコントは、大熊があり得ないキャラクターで小ネタをどんどんかましていき、それを普通の人の設定の植松が弱弱しくツッコミを入れていくといったものです。またシャカのコントの特徴として、一つのストーリーで幾つも場面を展開させていく映画的・演劇的なコントをすることもあげられます。その変わっていく場面の中で同じネタを繰り込むことで意外性の笑いと天丼による笑いを起こすことができ完成度の高いコントとなっています。


2人とも香川県高松市出身で小学5年で同じクラスになってから仲良くなったそうです。当時植松がモテまくりの時期(中2まで続いたらしい)で、オーラを発していた植松の姿に「こいつとコンビを組んだら天下を取れる!」と当時から芸人になりたかった大熊が確信。小6の時に口約束を取り付けたが、その後本格的に誘うとなかなかいい返事を返さない植松を11年かけて説得し1997年にコンビ結成に至りました。最初はホリプロのスカウトキャラバンで準グランプリを獲ったことがきっかけでホリプロに所属していましたが、3ヶ月で退社し現在の事務所へと移りました。


シャカというコンビ名は、中学時代に文化祭で漫才を披露しようとした時に出たコンビ名。大熊が背中越しにコンビ名を何にしようかと植松に聞いた時に、ちょうど植松がジャンプの聖闘士星矢を読んでいて、ちょうど「乙女座(バルゴ)のシャカ」が目に入ったから言ったらしいです。

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テーマ:お笑いDVD・CD - ジャンル:お笑い

飛石連休

飛石連休


飛石連休(とびいしれんきゅう)は、藤井宏和(ふじいひろかず)、岩見よしまさ(いわみよしまさ、本名:岩見欣正)からなるコンビ。1999年1にコンビ結成でサンミュージック企画プロジェクトGETに所属。


飛石連休は、ニキビ面で背が低く、ヘルメットを被っているような髪型をした、いかにもいじめられっ子の雰囲気を醸し出しているボケの石見と、逆に長身ですらっとした感じのツッコミの藤井による凸凹コンビで、主に漫才をやっています。
石見のローテンポですっとんきょうな口調と、藤井の的確なツッコミの口調のコントラストがこのコンビの漫才の特徴で、テンポがあるようでない、そんな微妙な空気を出し、石見の持つキャラがしっかりと反映されているがそれに頼ってるわけでもないいいコンビです。

また、漫才の序盤ぐらいに藤井が石見にキツめのことを言った後に石見が「こいつチョーうぜえ」や「粋がるなよ」と必ず言うのも特徴。


藤井は昔、吉本興業に所属しており、3回のコンビ解散を経験しています。対する岩見は全くの素人で、しかもお笑いをあまり見たことがなく、知っている芸人はチャーリー浜だけだったらしいです。
しかし、コンビを組もうと言い出したのは石見のほう。石見が働いていたパチンコ屋に藤井がアルバイトで入ってきて、藤井が芸人だと知った石見が、どうしても芸人になりたくて「僕と漫才してくれへん?」と藤井を誘ったのがきっかけです。


飛石連休のコンビ名の由来ですが、テレビ雑誌のお笑い担当の人が言ったコンビ名をそのまま採用したのだそうです。また、年齢差7歳、身長差23cmの凸凹コンビですが、藤井が相方が小さくて一番困っているのが、石見のニキビの汁が衣装につくことなんだそうです。

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テーマ:ネタ - ジャンル:お笑い

ダイノジ

ダイノジ


ダイノジは、おおち(本名:大地 洋介、おおちようすけ)、大谷 ノブヒコ(本名:大谷伸彦、おおたにのぶひこ)からなるコンビ。吉本興業所属で1994年結成。同期には、DonDokoDon、ロンドンブーツ1号2号、ペナルティなどがいます。


ダイノジは、漫才もコントもこなすことができるコンビです。漫才ではボケが大谷でツッコミがおおちですが、「不良と小西」のコントなどでは、おおちの太った体型を全面に出して、大谷がツッコミに回ることもあります。
漫才でもコントでも、おおちの体型をネタにすることが非常に多いのですが、ストレートな言葉で出さずに、うまくブタと連想される言葉を使うことで見てるほうに飽きさせないようにしています。


ダイノジは、おおちの兄がロックバンドのメンバーだったということから多数のインディーズ系バンドと交友があり、ダイノジ主催のロックフェスDIENOJI ROCK FESTIVAL(DRF)を開催したこともあります。


また、ダイノジはケツメイシのシングル『涙』のプロモーションビデオに出演していたことでも有名で、オリコン調べの「出演者が豪華なPV」というランキングで同じくケツメイシの「さくら」(萩原聖人、鈴木えみ出演)やMr.childrenの「君が好き」(窪塚洋介出演)らと並んで堂々の5位になぜかランクインしています。
 

ダイノジというコンビ名の由来は、二人の名前にそれぞれ「大」がつき、二人の出身地が大分県ということをあって「大の字=ダイノジ」としたそうです。

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テーマ:お笑い - ジャンル:お笑い

後藤秀樹

後藤秀樹


後藤秀樹(ごとうひでき)は吉本興業所属のピン芸人。吉本総合芸能学院(NSC)10期生。元シェイクダウン。


後藤秀樹はコンビ時代からコントを中心にやっており、ピン芸人となってからも一人コントを中心にやっています。そのスタイルは陣内智則やネゴシックスと同じような物にツッコミを入れていくスタイルです。どちらかといえば陣内のネタに近いかもしれません。完成度としては陣内のネタのほうがありますが、ツッコミの評価は高く、元相方のザ・プラン9のお~い久馬もダウンタウンの浜田雅功に似ていると発言していました。


後藤はザ・プラン9のお~い久馬と「シェイクダウン」というコンビを92年に結成していましたが、これはもともと一度きりの約束でコンビを組んだのがそのままコンビ活動してしまったそうです。2000年に解散をしましたが、解散後も久馬が後藤の単独ライブを何度もこっそり見に行っていたり、バッファロー吾郎主催のバトルオワライヤルで司会を務めていた後藤が久馬のボケに対し「さすがやなぁ、さすがオレの元相方」と言ってひいきしたりしていて未だに二人は仲がいいです。


自他共に認めるMr.Children好きでイベントタイトルにシフクノ~と付けたり、ソロイベントで流れるBGMは必ずMr.Childrenです。


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テーマ:雑記 - ジャンル:お笑い

ラーメンズ

ラーメンズ


ラーメンズは、小林賢太郎(こばやし けんたろう)と片桐仁(かたぎりじん)の二人によるコンビ。トゥインクル・コーポレーション所属で1996年結成。


ラーメンズは主にコントを中心(小林によれば自分達にはコントしかないとのこと)に活動しています。
その内容は難解で説明の難しいものから見た目に分かりやすいものまで様々な内容のことをやっていますが、総じて言えるのはシュールなコントであるということです。
ラーメンズのコントにはツッコミの要素があまりなく、それはつまりコントで描いている世界観から現実の世界に引き戻すことをせず、あくまでも自分の世界観の中で勝負をしているということです。笑いの質も納得させられる笑いであり、ラーメンズの世界観についていければお腹いっぱいになるコントです。


二人とも多摩美術大学版画科出身で、そこで「オチケン」(落語研究部)を設立しお笑いに打ち込んでいました。現在でも片桐は彫刻・陶芸を、小林は漫画・エッセイなどを副業でやっています。


ラーメンズという名前の由来ですが、

ラーメン(rarmen)はドイツ語で「面」という意味を持ち、それに英語の複数形「's」をくっつけてラーメンズ(rarmens)にしている。面を複数重ねると箱ができ、一つの真っ白な箱(舞台)の中でコントという創造物を作っている、それがラーメンズのコントの概念に通じている。

というのがファンレターに書いてあり、それをそのまま流用したりしています。他には「実家がラーメン屋だから(実際は違う)」「片桐の髪がラーメンみたいだから」などの説がありますが、真相は不明です。


ラーメンズのコンビ仲はかなり良く、いつもお互いに相方のことを「賢太郎は天才」「片桐あってこそのラーメンズ」だのと褒めちぎっています。また、小林の誕生日の日の公演のアンコールで内緒で片桐がバースデーケーキを手作りでもってきて、更に小林宛に手紙も書いてきてて、「僕は、君に会うために生まれてきたのかもしれません」「ずっと一緒にやっていこうね」 などと書かれていたそうです。


バナナマンやおぎやはぎと仲が良く、ラーメンズの公演には必ずといっていいほどこの二組が顔を出していたり、ラーメンズがいないライブでも出演者紹介で「次はラーメンズ!」と紹介して「ごめん、このライブにラーメンズがいないのってありえないから。 朝から俺、ラーメンズのことばっかり考えてたの」と言ったりしています。

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テーマ:お笑い芸人 - ジャンル:お笑い

ビビる大木

ビビる大木


ビビる大木(ビビる おおき、本名:大木 淳(おおきじゅん))はワタナベエンターテインメント所属のピン芸人。元ビビるのボケで2002年春に解散後にピンとなる。


ビビる大木は、コンビ時代にはコントを主にやっており、そのコントもコンビとして確立していたわけではなく大木のキャラでもっていた感がありました。ピンとしては、もともとの知名度もありコンビ時代のキャラをそのまま使うこともできたので割とすんなりピンとしてのスタートをきることができ、コンビ時代以上の活躍を見せています。
役回り的には「いじられ芸人」な位置にいますが、気の利いたコメントを返すこともでき、コンビ時代に貼られた面白くないというレッテルも逆に追い風になっています。


ビビるは、相方の大内が突然芸能界からの引退を表明し解散してしまいますが、コンビ仲が悪かったわけでないようです。ビビる解散の日のラジオでは、「俺は今までずっと大木淳におんぶにだっこだったんじゃないか」と大泣きしながら大内が言えば、大木は涙を堪えるように「そんな事無いよ、俺だってお前に支えられてきたんだ」と返したり、ひたすらお互いに感謝の言葉を繰り返してました。


現在元相方の大内は、ホリプロの社員でこずえ鈴のマネージャー、アシスタントプロデューサーをしています。大木とは打ち合わせなどで会うことがあり気まずいながらも話したりしているそうです。


意外な接点としてSMAPの草剛とは小学校時代の同級生で、同じ野球チームに所属していましたが、草には「あんまり覚えてない」と言われています(実際の所は大木のことを覚えているのですが、「知らない」と言ったほうが大木的においしいだろうということからわざと強弁しているらしい)。その野球チームでは草が捕手を守り、大木は一塁手でした。


大木は、ピンとなっても「ビビる大木」としてビビるの名前を使っていますが、これは「ビビるは『バンド制』だから、相方が抜けても自分はビビる。新メンバーが来る可能性もある」ということで使っているそうです。
ちなみにビビるという名前の由来は「芸能界がビビるようなコンビに」という意味をこめたもので、名詞のコンビ名が多かったのであえて動詞にしました。

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土肥ポン太

土肥ポン太


土肥ポン太(どひぽんた、本名:土肥耕平)は吉本興業所属のピン芸人。NSC12期生で2001年までスキヤキというコンビを組んでいました。


土肥ポン太のネタは、一発ギャグやあるあるネタが多くそれだけでは決して面白いとはいえない(劇場ではよくスベる)のですが、多くの芸人が集うイベントではたまに異常に面白くなることがあり、特にバッファロー吾郎主催のバトルオワライヤルでは神がかりとしかいえないような面白さを発揮していました。
他の芸人達やお客さんもポン太が面白いことを言うことを期待しているというよりは、可愛い弟を見るような感じなのでちょっと得な位置にいるともいえます。


ただ現在のこの位置にくるまでには相当の苦労もしています。
1993年にNSCでの同期古高義広と「スキヤキ」結成後、吉本天然素材に続くアイドル路線としてNSCの同期6組からなるフルーツ大統領というグループを結成し活動しますが、そこまで売れるということもなく解散。1999年にはTVレギュラーなども決まりようやく売れそうになった時に相方が『公務員になる』と言い出し2001年に「スキヤキ」も解散。そんな苦労を重ね現在のピン芸人としての活動に至っています。


また、意外な才能として現在八百屋を経営しています。これはもともと売れない時期にやっていたバイトが八百屋で、そこで自分に八百屋の才能が異常にあったことが分かり雇われ店長としておばちゃん達の人気を集めたことがきっかけです。結構繁盛しているらしく八百屋に社員で入った場合は月25万は保証してくれるそうです。ちなみにその八百屋は大阪市内にある住吉大社の近くにあり、現在でも顔を出すことはあるそうです。


ポン太はピン芸人になった当初は本名の土肥耕平で活動していましたが、バッファロー吾郎木村が「中継先の、ポンちゃ~ん?」と呼びたかったがために現在の土肥ポン太になりました。


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パッション屋良

パッション屋良


パッション屋良(ぱっしょんやら、本名:屋良朝苗(やらちょうびょう))は、マセキ芸能社所属のピン芸人。


パッション屋良は、胸ポケットに「P」の刺繍をした白の体操服を着て体操のお兄さん風に情熱的な漫談コントをしています。まだ笑いをとってるというより若干引かせ気味な芸風になっていますが、噛めば噛むほど笑えてくる芸風なのでパッションの認知度が上がればまた状況は変わってくるでしょう。
今のところ弱点として挙げられるのは、多くの芸人が集った時に埋もれてしまうことです。芸風とは裏腹に声が張っていないというのも埋もれてしまう要因の一つだと思われます。
「アイアーイ、アアーイ、エビバディパッション!」というのをネタとネタの間のブリッジとして使っています。


パッションは、国士舘大学体育学部卒と芸風通りの経歴で、身長は180cm体重は86kgスリーサイズはB106cm、W88cm、H100cmです。なかやまきんに君からは同じ「肉体系」芸人であることからライバル視されています。


良く使っている芸で左胸を強く叩くというものがありますが、これは心臓マッサージの一種にあたるらしく、千葉県の小学校ではパッション禁止令が出るほど危険なものなんだそうです。


ウッチャンナンチャンと同じ事務所ですが、なぜか内村からは厳しく接され、「全部一緒じゃねーか!」とネタを評されたこともあります。


もともとパッションは体育学部を出ているということもあり、教師になろうとも考えていましたが、芸人と教師で悩んだ時に、どうせどちらの道を選んでも後悔するなら好きなことをやって後悔したいと思って芸の道に入ったそうです。

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くまだまさし

くまだまさし


くまだまさし(本名 熊田雅志)は、東京吉本に所属しているピン芸人。NSC東京2期生でハローバイバイ、佐久間一行、ガリットチュウと同期です。


くまだまさしのネタは主に一発芸的な『鉄板宴会芸』が多いです。まず、ネタの最初に掴みとして「くーまーだーまさしーのー」と言ってその後ネタの名前を言い、そして瞬きをしながら「ティーティッティッティッティッティリッティ ドゥーン」と言います。その際ドゥーンの回数は決めてなく1回だったり2,3回だったりします。


他に持ちネタとして「フォー」がありますがHGをパクッたものではなく、「フォー」をやり始めたのも同時期だといわれています。
HGとの接点はこれだけではなく、HGがプロレスで同志社大の学内チャンピオンだったことは有名ですが、くまだまさしも高校時代にアマチュアレスリングの東京都チャンピオンだった経歴を持ち、レスリングの試合をしたこともあります。また、「フォー」を賭けた戦いをやったりもしましたが、両者引き分けという結果でした。


最近では、通常の劇場での活動のほかに、増谷キートン主宰の「キュートン」などでも活躍していたり、ケツメイシの『涙』のPVに出演していたりします。


ちなみにくまだまさしは既婚者ですが、結婚した理由は『バイト収入が安定したので』らしいです。


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オオカミ少年

オオカミ少年


オオカミ少年は、片岡正徳(かたおかまさのり)、浜口裕章(はまぐちひろあき)からなるコンビ。東京吉本所属で2003年結成。東京NSC9期生。


オオカミ少年のネタは、正誤漫才に近いスタイルを取っています。学生服で恐い感じの応援団を装い、フリ担当の浜口が七五調であるフレーズを言い、それをボケの片岡が浜口の言ったフリと同じリズムで雰囲気が似た面白いフレーズに変えて言うという流れです。その一連の流れを「ドンドン、ドンドンドン、ドンドン、ドンドンドン」と太鼓を叩くような応援団の一定のリズムに乗せて小気味よく客に考える暇を与えずに繰り出すことで思わず笑ってしまいます。


また、ツカミでは極めて分かりやすいフレーズ(「○○ができちゃった結婚したんだって」→「はいっ、ウッソー。」)で応援団とウソという対極にあるものを組み合わせた「オオカミ少年」の名にふさわしい笑いを取っています。


オオカミ少年は、もともとズームリパブリックという所に所属し、その後ワタナベエンターテイメントを経て現在の吉本興業に落ち着いています。ちなみにズームリパブリック所属時はトリオでコンビ名も「ラスベガス」というコンビ名で活動していました。

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